人生後半戦の「かしこさ」とは ~ 新しい視点から再考するために

前回の記事では、「人生後半戦を シンプルに考え かしこく生きる」という当ブログのテーマについて、特に「生きる」という観点から考えました。そこで浮かび上がったのは、「生ききる」ことの大切さです。

では、どうすれば「生ききる」ことができるのでしょうか。その鍵は、自分の人生の目的を見出し、それを常に考え続けることにあります。

今回お話しする「かしこさ」は、どのようにすれば「考え続けること」ができるかと密接に関係しています。「かしこさ」を「賢さ」と漢字で表記しないのにも理由があります。

「賢さ」ではなく「かしこさ」

 

「賢さ(かしこさ)」の元は形容詞の「賢い」です。同じ漢字でも「賢しい(さかしい)」という形容詞があります。「賢い」と「賢しい」には少しばかり違いがあります。

賢い:
・頭の回転が早くて知恵が優れていること、
・手際が良いこと、手落ちや失敗がないこと

賢しい:
・知恵が働くこと、頭が良いこと、
・自分が優れた才能を持っているかのように見せかけること、生意気であること

 

両方とも頭が良いという意味がありますが、結果が異なります。「賢しい」はあまり聞きなれなくても、「小賢しい」は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

「かしこさ」を漢字で表さなかったのは、「賢」から「頭が良い」というイメージを受けるからです。このブログで使う「かしこさ」は頭の良さだけを意味しません。

「考える」こと自体が「かしこさ」の根源であり、考えることを怠る、もしくは考えることが億劫になると自ずと「かしこさ」は衰えることになります。

 

「かしこさ」は比較で変わる

 

さて前ふりはこのくらいにして、「かしこさ」についてもう少し踏み込んで考えてみましょう。

「かしこさ」は形容詞の「かしこい」が元になっていることはすでにお話ししました。文法で考えると形容詞は物事の形状や品質を表します。

「かしこい」の他にも、高い低い、重い軽いなど対義語となる形容詞や、赤い、偉いなど対義語があいまいな形容詞もあります。

ただし、物事の形状や品質は人によって感じ方が違います。誰もが同じように感じるには基準が必要になります。2メートル以上なら高いとか、10キロ以上なら重いというようにです。

 

数字で表せない「かしこさ」

赤い、偉いなどは、このように数字で表すことは簡単にはできません。物事を比較することによる相対的な形状や品質としてと考えるのが本質的な形容詞の使い方です。

「かしこい」も同じで、相対的にかしこいのであって、絶対的な「かしこさ」を定義することは困難です。同じ状態や品質でも、時間の経過や環境の変化でも「かしこさ」が示す意味が変わります。

例えば、20年前に最新技術を駆使していた方法も、現在では時代遅れとみなされることがあるでしょう。
皆さんも、以前は「かしこい」と思っていたことが、時間が経つにつれて変化した経験はありませんか?

この項では「かしこさ」は固定ではなく、比較で変わるということをお話ししました。次は「かしこさ」を客観的に判断する方法についてお話しします。

 

数値に置き換えれる「かしこさ」

 

話は形容詞に戻りますが、分かりやすい例として「高い低い」についてお話しします。一般的に高さは単位をつけて表すことができます。

「高さ1000mの山は高いでしょうか?、低いでしょうか?」という質問にどのような答えが考えられるでしょうか。

まず、自分が高さ0mの海岸のそばにいるなら高さ1000mは高く感じるかもしれませんが、高さ500mの高原にいるのであれば、そんなに高く感じないかもしれません。

自分自身の経験にもよります。高さ1000mの山に登って大変だったという経験のある人と、まったく山に登らない人、普段から山登りをしている人でも答え方が違うでしょう。

かつては形容詞で表す形状や品質は主観的でしたが、現在では単位だけでなく、精密な測定機器がありますので、世の中を数値で表す習慣もたくさんあります。例えば、おいしい店などがよく知られています。

 

数値で表して基準値と比較する

対義語のある形容詞、高いと低いのような場合は「高さ=低さ」でもあります。「かしこい」も成績という数値で表されることもありますが、やはり基準をどう考えるかで客観的には判断できません。

そこで平均値や標準値をもとに判断することが多くなります。新型コロナ禍でも、エビデンスとして数値に置き換えられて状況を伝えられたのは記憶に新しいと思います。

結論を言うと「かしこさ」は数値に置き換えられる場合と置き換えられない場合があり、数値に置き換えたとしても基準がなければ、本質的な「かしこさ」の意味を表すことはできません。

学校での成績、仕事の評価、知能指数、記憶力や計算力など、評価項目に従って数値に置き換えられたことを見た聞いたり、自分自身で経験したことはあるのではないでしょうか。

 

 

次回の記事は・・

前回の記事で「生ききる」とは人生の目的を考え続けることだとお話ししました。「考え続ける」には数値に置き換えられる「かしこさ」とは別のかしこさが必要だと考えています。

次回の記事では、人生後半戦の「かしこさ」をシンプルに考えるために、知性、理性、感性の3つの要素についてお話しします。これらの要素がどのように相互に作用し、バランスを取るのか、人生後半戦を迎えた一人として考えていきたいと思います。

 

 

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