テトラモデル~思考は行動に始まり、行動は人生の始まりである

「頭で考えるな。行動しろ。行動すれば、必ず次の思考が生まれる。」— 本田宗一郎
「行動を伴わない思考は、しばしば無駄になる。思考を伴わない行動は、しばしば危険である。」 — アインシュタイン
動的思考モデル
テトラモデルは「行動プロセス領域」で利用する動的思考モデル(型)であり、他の領域や他の思考方法で利用することを前提としてはいません。仮に他の分野で利用しても、それはテトラ形状を利用したもので、メタ思考「SimpleWize」の行動プロセス領域における解釈とは異なります。
SimpleWizeでは「思考→記憶→行動」のプロセスをメタ思考のモデルとは考えていません。しかし、「行動」をテトラモデルが対象とする「日常、習慣、人生」の分類に当てはめると、行動は思考の出口であり、テトラモデルも出口戦略の一部として解釈も可能です。
メタ思考モデルは戦略モデルではないので、目的はあっても結果を前提にしてはいません。したがって、成功と失敗という判定はせずに、結果を事実として受け入れます。受け入れ先は、記憶中枢領域と行動した当事者の暗黙知(身体知、感覚知など)になります。
ショートカットと高速思考
「SimpleWize」ではメタ思考の始まりを「インサイトパス領域」としています。この領域で発生し、生成される5つの「意」はテトラモデルとも大きく関わりがあります。インサイトパス領域を「直感」と表すことはしていませんが、「直感で、感覚で行動する」という表現があります。
この表現をSimpleWizeとして理解を行えば、「インサイトパス→記憶中枢→行動プロセス」を高速で移行する場合と、記憶中枢を経ないショートカットする場合の2つがあります。ショートカットはインサイトパス領域から行動プロセス領域への一方通行のため、記憶中枢領域に保管も保存もされませんし、フィードバックも行われません。そのため直感的行動の説明がつかないと考えます。
アスリートや経験豊かな職人と呼ばれる人は、直感ではなく高速な思考を行っているのだと考えます。直感で行動することと高速に行動することの違いは、動作や日常の行動のワイヤーモデルだけでなく、コアモデルまで広げるとその違いの大きさがわかります。
直感行動は消費、高速行動は投資、考えているか考えていないか、記憶中枢を通っているか通っていないかによる違いは、長期的になればなるほど差が生じます。
3つのモデルと5つの「意」
「インサイトパス領域」の5つの「意」は、次のように変容するとしました。変容過程の最後に「意義」がありますが、行動プロセス領域では「意義」だけが重要項目ではありません。
「意味+意思=意図」「意図×意志=意義」
「ワイヤーモデル」は日常の時間を対象としています。日常の時間を大切にする世代とは、社会的に独立していない世代、独立してからま経験が浅い世代の思考に適しています。「意味」を学び、自分の「意思」を明確にし、「意図」として表現できるようになることが大切な世代です。
「ソリッドモデル」は「意図」を表すことができることを前提にし、短期的な繰り返しではなく数年単位で繰り返しを行う世代です。社会的に独立した世代であり、自分の持つ「意図」に磨きをかけ、個性を持ち、意図の中から「意志」を見つけ出す世代です。働き盛りである一方で、中年クライシスとも直面します。
「コアモデル」は年齢を問わず、人生を考えるときに適していますが、人生を考えなければならない中年以降の世代に適しています。コアモデルの「コア」に人生の「意義」を配置するためには、「意図×意志=意義」を真に理解する必要があります。「意義」を持つか持たないかで人生後半戦の過ごし方は大きく異なります。
中年が何歳からか、人生後半戦は何歳からか、という決まりはありませんので、自分で感じ取ってください。同じように世代を年齢で分類するのは多様性やSDG’sには適していません。私の示した世代は、どのような環境に置かれているかによって決まります。
論理より実践で
「テトラモデル」をどのようにして捉えるかは、第2部に11のテーマで様々な例を解説します。第2部に向けての記事として、テトラモデルとの関係性をお話しします。
「インサイトパス領域」では、AIは「意思」を持たないために、不可侵の領域であるとしました。その代わりに、統計的な計算でパターン化された疑似意思を用いるようになるかもしれないと解説しました。
同じように「行動プロセス領域」では、「身体」を持たないために、不可侵の領域であると考えられます。実際の物理的行動は、ロボットやヒューマノイドが登場しているので、専門分野ではなく、特定の分野ではAIとロボットなどが合体した擬体が登場するでしょう。
「インサイトパス領域、思考プロセス領域、行動プロセス領域、記憶中枢領域」のすべての領域でAIやロボットなどが自立して人間の思考、記憶、行動を代行する時代が訪れた時に、人間とAIやロボットが対立するという筋書きは、二項対立そのものです。
人間とAIやロボットが同等の能力を持ったときには、対立ではなく共存すると私は考えています。優劣のある共存ではなく、平等でもない共存です。そのような未来を第2部のテーマでお話しします。
