人間の思考とAIの思考~統計的な計算の結果を自然言語で

SWAI 3

「人間は考える葦である」パスカル
「無知の知」ソクラテス
「我思う、故に我あり」デカルト

「思考」は人間特有の能力

「人間は考える葦である」「無知の知」「我思う、故に我あり」など、思考に関する名言は数多あります。そして、「思考」は人間特有の能力であると考えられています。「思考」は哲学だけではなく、心理学、脳科学、行動経済学などで幅広く研究が行われるようになりました。

私が過去に就いたシステム関係の仕事で、顧客の要望を文章化する作業がありました。「作業」としたのは、単に録音テープの文字起こしだったからです。それから実際に営業同行を行い、単純な文章化から、顧客の言葉の不足を補うように質問をし、顧客の要望の本質を言語化するようになりました。

顧客の要望が正確にわからなければ、当時のシステム開発を進めることはできませんでした。現在では、システム設計ではなくシステムデザインのような意匠設計、すなわち顧客の要望、意図を理解し、同じ思考のもとでシステムを同時に作成するアジャイル方式がとられています。

「思考」はどこから生まれるのか

今考えれば、このような「思考」を中心にした仕事が自分には合っていたのかもしれません。「思考」の存在を考えるうえで、自らの思考、相手の思考がどこから生まれるのか、思考の起点から考えてみました。大きく分けて外部と内部の2つの起点を設定しました。

外部の起点とは、外部環境から情報を得ることであり、自分の保有する情報と外部から得た情報の差分をどのようにして埋めるかという思考です。この差分を欠乏とし、充足することを心理学では「欲求」と説明します。ただし、欠乏ではなく余剰の場合は欲求が生じず、思考も行われません。

内部の起点とは、自らの感覚から情報を得ることです。この場合は、時系列に沿った過去の感覚、経験を基準とした違和感が思考の起点になります。この違和感は快感と不快感に分類され、なぜこのような感覚が生じるのかという原因究明が思考になります。

「思考」は言語化されて初めて「思考」になる

欲求と違和感が思考の起点になると仮定すると、記憶の存在も思考には重要になります。欲求と違和感を最初の基準として記憶した後は、この基準に準じて情報を取捨選択し、記憶を削除または上書きするのではないかと考えられます。

多くの情報を整理するためには、効率よく情報を記憶する必要があります。そのためには記憶を定型化し、印としての記号、音声としての記号、すなわち文字と言葉を発明し、記憶するようになったのではないでしょうか。現代に置き換えれば、言語化される前のものは単なる概念や感覚であり、「思考は言語化されて初めて思考になる」と言えます。

AIが急激に普及しているのも、人間が話す言葉を文字と音声で扱うからです。AIにしかわからない記号と音だけでは人工知能とは認められなかったでしょう。人間が何万年もかけて獲得したであろう言語化をAIは数十年の月日と直近数年のLLMの開発によって可能にしたのです。

言語とコミュニケーション

文字と言葉を用いた言語化は、他者とのコミュニケーションにも使われ、人間社会の発展に寄与してきました。その一方で言語化が不得意な人、言語化の訓練が十分でない人と、言語化を苦にしない人の間に情報ギャップやコミュニケーション格差が生まれました。

この格差は情報を発信する場合と受信する場合に生じます。言葉として聞き取ることはできるけれども、理解できないという現象です。言語化能力は発信する場合だけでなく、受信する場合も必要です。双方向の言語化のレベルが一致するのが理想的だと言えます。

言語化以外にも表情や身振り、音声の強弱、コミュニケーションの前後関係での理解も可能です。これらは言語の種類によっても異なり、日本語はハイコンテキスト、英語はローコンテキストのように分類されています。

現在のAIは英語をベースにしていますので、ローコンテキストになります。言語以外のコミュニケーション方法がないので、過度の説明、比喩の古さ、事実に基づかないハルシネーション(幻覚)などを起こすことがあるのは、言語データのみで推論を完結させてしまう限界によるものです。

AIの「思考」と自然言語

AIは思考だけではなく、センサーとの会話、すなわち数値を用いた会話を得意とし、大規模な記憶容量と高速計算で結論を導き出します。例えば、EVが自動運転を行うのは、言語化は必要なく、センサーによる数値の判定だけで判断しており、人間の「危ない」という危険性を感知しているわけではありません。

AIは言語化を通した人間よりも、言語化を必要としない機械との相性がよく、日常で使われている機器にAIが搭載されるようになります。そのようなAIに「思考」はありません。「思考」のように見える自然言語の会話も純粋な思考ではなく、統計的計算によって自然言語で表しています。

だからと言って、AIを危険視する必要はなく、人間社会において、AIをどのように役立てるかを考えるのが人間の役割です。そのためには人間はパターン化した思考ではなく、より高度な思考を身につけ、 思考の方向性を誤らないようにしなければなりません。

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Posted by M. Ichiro