3.大学は教育機関であり、研究機関である

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「(大学という)高等学術機関の独自性は、科学・学問を『すでに解決された問題』として扱うのではなく、
常に『未完の、そして完全に解決することのない問題』として扱い、探究(研究)し続けることにある。」-W・フンボルト

教育と研究の狭間

大学には「学生へ知識を授ける場(教育)」としての機能と、「新たな知を創造する場(研究)」としての機能があります。また、この2つの機能が熟練の研究者と若き研究者との間で「知」のコラボレーションが生まれる機会を生み出します。

その一方で、大学組織の維持に必要な資金の調達という現実的な問題の重さが日に日に増していることも考えなければなりません。その大きな原因は施設維持であり、人件費を削っても施設を維持しなければならないというジレンマがあります。

大学を含めた教育制度が制度疲労を起こしていると指摘することは簡単ですが、制度疲労を起こしているのは教育制度だけではありません。社会全体が制度疲労を起こしていることは周知のとおりです。制度疲労を起こす原因から見定めなければなりません。

制度疲労の内部要因としては、高度成長期に合わせた国家主導の大学の希少性と高等教育の標準化が現在では形骸化しています。外部要因としては人口増加時代に合わせて大学の規模が大きくなり、経済合理性を追求しなければならなくなっています。

資源と資本の狭間

人口増加時代には、標準学力以上の人材を資源として社会に提供する役割が大学にありました。一部の学生が研究者として大学に残り、先見的な研究を行っていました。社会へ人的資源として投入された学生は、組織教育を経て社会人への道を歩み始めるのが一般的でした。

経済成長と共に大学進学率は伸び続け、現在ではOECDの平均値と同じ57%になっています。経済成長時代の2倍以上の進学率になっています。かつては人的資源だった学生は、組織を維持するための人的資本としての役割も担うことになります。人的資源と人的資本、2通りの人材が必要になっているのが現状です。

会計にはバランスシートの考え方があります。組織会計では資源(資産)と資本(純資産)のバランスが均衡することで保たれます。これを「人的資源=人的資本」として成立させるためには、資源と資本に分けられた人材の生産性を高めて、元のバランスを維持させる必要があります。

人的資源に外注を投入することは、資産の増加のように見えますが、実際には外注はコストになるので負債と同じになります。「人的資源+外注=人的資本」ではなく、「人的資源=人的資本-外注(コスト)」のように考えることができます。

先進性と保守性の狭間

保守性のはざまこのように考えると、単に教育制度としての大学内の問題提起だけではなく、卒業後の社会の受け入れ体制も問題提起の対象となることがわかります。さらに人口減少時代になると、人的資源と人的資本の獲得が難しくなります。これに対応するかのように大学も制度改革を行っています。

その一つに、リカレント教育があります。リカレント教育は、専門的な知識というよりは、幅広く人間性を高める知識と考えると理解しやすいでしょう。時代が変化するスピードが、大学に在学中にも変化しているので、卒業するころには標準的な知識がすでに過去の知識になっている可能性すらあるのです。

日本では、日本文化を継承する意識が高いので、一歩先を読むと同時に過去の知識も学ぶことに注力します。世界的には自国の文化の継承と一歩先を読むことを別次元として考える国々が多く、特に先進国では新しい技術優位の社会や、教育に力が入れられています。

日本でのAI技術への出遅れは、先進性がなかったわけでもなく、技術的な能力がなかったわけでもありません。先進性と保守性の両方のバランスを取りながら今までは進めてきたと考えることができます。しかし、それだけでは日本は古き良き国になってしまいます。

多くの間(はざま)の中で

日本の教育制度は人材育成に注がれています。その方法として、高度な知識を幅広く学ぶことが人材育成につながると考えられていました。この考え方は資源を豊富に持つことと同じで、資源を加工することには注力していないと言えます。また、資本化した人材が資源に戻ることは多くありません。

大学は人材を資源として提供するために、より高度な専門的な知識と技術を身につける教育機関であることが目的となります。その一方で、資本化する道と専門化する道、すなわち前者はインターンシップのような組織管理、後者は生産製造現場での技能管理を体験する機会を増やすべきでしょう。

学問以外にも部活、サークル、趣味などの交流、遊び、道楽なども若い時の時間の使い方として重要です。ただ、これらは教育機関として行うべきではなく、個人として行うべきことです。大学というハコに、多くのモノやコトを詰め込み過ぎていないでしょうか。

狭間の原因は

教育制度の制度疲労は、時代が変わるスピードに、制度が変わるスピードが追いついていないことが大きな原因です。2024年の15歳未満の人口は1975年の半分です。

大学進学率とは直接的な比較はできませんが、2024年の大学進学率は男子59.7%、女子53.4%です。1975年では男子41.0%、女子12.7%です。進学率が大幅に向上したのは女子の進学率によるものです。

制度疲労を起こしているのは教育制度ではなく、教育を取り巻く固定的なワンストップ、ワンパターンな解釈が原因になっているのかもしれません。